H27.8.20  ガラクタのたからもの

 

2015/08/20

 

先日、B‘zのコンサートに行ってきました。

 

私のことを知っている人は、

 

「え?B‘z?!」

「B‘zってガラじゃないよね(笑)」

 

と、思われるでしょうね。

 

そうでしょうね。

 

そうですよ。

 

B‘zファンかと言われれば、そうではないですよ。

 

(注:B’zはとても素晴らしいアーティストです!有名曲は私ですら沢山知ってます!!)

 

でも、受け身に積極性のある私は、B’zのコンサートに誘われれば行くのです。

そして、行けば楽しめるのです!

 

今回は、長年B’zファンの友人からのお誘いで、ツアー最終日の、しかもアリーナ席ど真ん中という、とてもラッキーな条件でB’zの迫力満点のコンサートを堪能してきました!

 

とにかくセットが豪華で、車が何故か吊されていたり(後々に演出で使われていたので単なるオブジェではありませんでした)するのです!

 

そして、B’zと言えば、爆発ですね。

 

コンサート中、何度か爆発しました。

 

心臓が止まるかと思うような大爆発もありました。

 

でも、私の中で1番印象に残っているのは、爆発音とともに銀色のテープが大量に上から舞い落ちてきたときのことです。

 

周りの人々は一斉に上を見上げて両手を広げ、落ちてくるヒラヒラした銀色に輝くテープを必死で掴もうとしています。

私も、流れに乗ってそれとなく上を見上げて手を伸ばしてみたのですが、熱意も身長も運もなかった私は、当然テープをつかみ取ることはできず。

誰がみているわけでもないですが、ガッカリとした表情を小さく作って隣の友人を見ると、しっかりと1本のテープを掴んでテンションを上げて笑いかけてくるので、「良かったね」と友人を労い、舞台の方に顔を戻しました。

 

すると、次の曲が始まったと同時くらいに、友人が私の腕を引っ張ったので、何事と思いながら顔を向けると、満面の笑みで私にテープを渡し、お隣の席の方に頭をぺこぺこと下げ、また私の方を向いて、テープとお隣の方を交互に指さしました。

 

なるほど、お隣の方はテープの固まりをゲットしたらしく、それを見た友人が私のために、固まりのうち1本を分け与えてもらえないかとお願いして、無事に1本分けてもらった、ありがとうございました、ペコペコ、と、そういう流れのようでした。

 

私も友人のお隣の方にぺこっとお礼をすると、太っ腹にもテープの固まりから更にもう1本分け与えようとする仕草をするので、身振り手振りで「結構です、1本あれば十分です」と表現して、その心優しさにペコペコと感謝の意を表しました。

こうして、私は、次の曲からはテープを片手に、B’zファンとより一体感を持ってコンサートを楽しむことができたのでした。

 

ありがとう。

 

本当にありがとう。

 

でも・・・、ごめん、このテープ、家に帰ったらどうしうようか・・・。

 

そんなことが脳裏をよぎっていたことを、友人には言えません。

 

だってだって、友人は、

「テープはアリーナ席しかゲットできないから!」

「ほら、2015って書いてあるじゃん、このテープはここでしか手に入らないから、何よりの記念だよね!」と、とても嬉しそうに、大事そうにテープを握りしめているのですから。

 

このテープ、私にとっての価値と、友人にとっての価値には大きな差がありそうです。

 

きっと、コンサートに来ていた人の中でも、みんな違う、それぞれの重みを持っているのでしょうね。

アリーナ席に座れなかったファン、アリーナ席でもテープを手にできなかったファンに対してとても申し訳ない気持ちと、本当に大事にしてくれる人のところに行った方がこのテープも作られた意味があるのでないかという気持ちと、何とも言えない複雑な思いを生んだこのテープ。

 

IMG_0188[1]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある人にとってはガラクタなものが、ある人にとっては宝物。

 

そういうことって、よくありますよね。

 

「ガラクタを大切そうに抱えていた」

 

なんてフレーズがあゆの歌詞にあったような気がします。

 

ただ、人生の中で、「ガラクタのたからもの」が沢山あればあるほど、人生は豊で幸せであることは間違いないと思います。

 

 

「物」に限らず、大切なことって人によって様々で、それぞれの中で何を1番大切にしているかということは違います。

 

それは、この仕事をしている中でも感じることがよくあります。

 

弁護士としては、訴訟で勝つことはとても大切だけど、それが1番いいのかと疑問に思うことも沢山あります。

 

訴訟をしても、判決に至らず和解で終結することは実際とても多いのです。

 

和解っていうのは、つまりは、お互いに譲歩して、判決では得られない部分も考慮して双方が納得できる内容で解決をしましょうね。というものです。

判決で白黒はっきりさせることも1つの解決方法ですが、何を望んでいるのか、何を守りたいのかをしっかりと考えて、その人にとって1番良い解決方法を選択できたらいいなと思います。

 

 

そんなことを思いながら、銀色のテープを綺麗に丸め、とりあえず、とりあえず、引き出しの奥にしまう私でした。

 

 

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