しばらく前のある晩のこと。
子どもたちは早々と寝て,静かな夜でした。
私はダンナ氏と一緒にリビングのソファに座って,テレビを見ながらプリンを食べていました。
すると突然,至近距離から老婆の声で
「・・・こんばんは」
と話しかけられたのです。
ギャーッ!!
私は座っていたソファから転がり落ちるほどびっくりしてしまいました。
我が家のリビングは中庭に面しており,外から突然声をかけられるような場所にはないのです。
私 「今のなに?!」 ダンナ氏 「なにが?」
私がおそるおそる庭をのぞくと,なんと本当におばあさんが立っているではありませんか。
「何のご用ですか?!」と私が尋ねると,「道を聞きたい」と言います。
気味が悪すぎるので玄関に回るよう言うと,おとなしく玄関の方へ行きました。
気味が悪すぎるのでダンナ氏に対応させたのですが,戻って来たダンナ氏は不思議そうに「道を聞かれたんだけど,あのおばあさん靴を履いていなかった」と言いました。
あ・・・そういうことですか!!
夜,靴を履かずに歩き回るといえば幽霊か認知症患者と相場が決まっています。
あわてて110番通報し,すぐにおばあさんを追いかけました。我が家のまわりは深い用水路もあるし,スピードを出して走る車も多いのです。
案の定,おばあさんは見通しの悪いカーブの先で座り込んでいました(危なすぎる!!)
「おばあちゃん,歩いていくのは大変だから,いま車で迎えに来てくれるように頼んだからネ。」と言うと,「あーよかった。もう全然歩けん。」と嬉しそうでした。
しばらく路肩で一緒に待っていると,パトカーが来てくれて,おばあさんは行ってしまいました。
おばあさんを見送ったあと,私はひとり自宅へ戻りました。
空には白い月が光っていました。
おばあさんはどこへ行こうとしていたのでしょうか。
お父さんお母さんの待つ家に帰りたかったのでしょうか。
その場所は多分もう,おばあさんの深い意識の森の中にしかないのです。
月夜の道を急ぎながら,自分自身の森の中へ分け入って行こうとしたのでしょうか・・・・。
弁護士をしていますと,認知症の方の成年後見人に選任されることがあります。
たいていは身内の方が後見人になるのですが,なり手がないと弁護士などが選任されます。
たいていの認知症患者はニコニコして昔の話をつい昨日のことのように延々と話しますが,本当に昨日あったことは何も覚えていません。
何度お会いしても,私の顔は覚えてもらえません。
それでも,縁あってお世話をすることになったのですから,できるだけのことはしてあげたいなあと思います。私はおばあちゃん子でしたしね。暗い森の中にいるなら,少しでも明るく照らしてあげたいと思いながら仕事をしています。
2012/09/11