東京地裁H25.5.14 入居者の不法行為が原因で近隣入居者が退去してしまった場合の賃貸人の損害

 マンションの入居者Cの飼い犬が,他の入居者Aにかみつき,そのせいでAがマンションを退去してしまったため,賃貸人Bが犬の飼い主Cに対し,Aから支払われるはずだった賃貸借契約期間満了までの間の賃料等の損害を請求した事案です(なお,即時解約の場合には賃料2か月分の違約金が発生するという契約になっていましたが,Bは事情を考慮してAの違約金を免除しています)。


 これってあの有名俳優・女優夫婦の事件ですよね・・・?
 ゴシップ的関心はともかく,ありがちな紛争ですし,法律論としては非常におもしろい事案なので紹介します。


 当該事案では,まず,どのように理論構成して不法行為を主張するのか(犬の管理を怠った結果直接的に賃料債権の喪失という結果を生じたと構成するのか(直接損害構成),Aが被害を蒙った結果派生的にBも損害を被ったと構成するのか(間接損害構成))が問題となりましたが,直接損害構成は否定されました(犬の管理を怠れば,だれかを怪我させるかもしれないということまでは分かりますが,その結果他の入居者が退去して家主に損害が及ぶかもしれないとは普通考えないので,過失が認められないからです)。


 では間接損害構成を前提とすると,直接被害を受けたのはAなのに,BがCに損害賠償を請求できるのでしょうか。直接の被害から派生的に損害が生じたら,不法行為者はどこまでも賠償義務を負わなければならないのか?(どこまでが不法行為と相当因果関係のある損害なのか?)という問題です。


 この点について判示の内容は以下の通りです。
「合理的な賠償の範囲を画するためには,自らに生じた損害の賠償を請求するものは,自らの権利・法益の侵害に向けられた故意または過失を主張立証して,直接損害の賠償を求めることを本則とするのが相当である。
 ・・・いわゆる間接損害の事案において,当該損害がBに固有の損害である場合には,原則として,Aに対する加害行為とBの当該損害との間に相当因果関係を認めることはできず,例外として,AとBとが経済的に一体関係にあると認められる場合に限って,Bに発生した損害についての相当因果関係が肯定され,その賠償請求が認められるにとどまると解するのが相当である(最高裁昭和43年11月15日代に小法廷判決参照)。・・・
 他方,Bに生じた損害が,Bに固有の損害ではなく,Aに生じた損害をいわば肩代わりした反射的損害といえるような場合(講学上のいわゆる不真正間接損害の場合)には,AとBの法主体の違いを理由に,加害者の賠償義務を逃れさせる理由はなく,民法422条(注:損害賠償による代位)の類推適用により,当該損害の賠償請求を認めるのが相当である。」


 つまり,この複雑化した経済社会では1つのミスによって連鎖的にどこまでも広く損害が波及していくことがありえますが,その場合に,因果関係があるからといって無限に責任を負わせるのは合理的ではないことから,不法行為者は,原則として直接の被害者だけに賠償すれば足り,例外的に,直接の被害者と間接被害者が経済的に一体関係にある場合にだけ責任を負えば足りる。ただし,間接被害者の被害内容が,直接被害者の損害を肩代わりしたものである場合(反射的被害)には,間接被害者が賠償金を立て替えたのと同じであるから,間接被害者が不法行為者に賠償請求できるという趣旨です。


 そこで当該事例では,AとBとの間の賃貸借契約の契約期間内の将来賃料収入については,Bの固有の損害であり,しかもAとBは経済的一体関係にもないから,損害賠償請求はできないとし,ただし,BがAに支払いを免除した違約金(賃料2か月分)については,本来AがBに払わなければならないものであり,Bが支払いを免除したことによってAが受けるはずだった損害をBが肩代わりした反射的損害であるとして,賠償義務を認めました。
 つまり結論としては,賃貸人は,違約金相当額の2か月分のみ賠償を受けることができるという判決内容でした。


 この物件は1か月の賃料175万円もする超・超・高級マンションで,賃貸人としては,簡単には次の入居者を見つけることができず,長く住む予定にしていた入居者に退去されて腹が収まらないところでしょう。
 ですが一方で,契約書には2か月分の賃料相当額の違約金でいつでも解約は可能とされているのですから,空室のリスクは常に予定されているわけです。
 賃貸借契約書に契約期間が定められていても,実際にその期間住み続けるかどうかは分からないことで,契約期間全部の賃料を賠償すべきであるとするのはやはり不公平感が否めません。そのような理屈が成り立つなら,賃貸借契約は更新が原則であることを理由に,次の入居者が決定するまで損害が発生し続けると考えることも可能であり,過大な請求と言わざるを得ないでしょう。
 そう考えると本判決の結論は妥当ではないかと思います。

2013/06/20

※コンテンツ内で事例をご紹介する場合、作成当時の法律に基づきますので最新の判例と異なる可能性があります

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