本件は、海外に出張中、飲酒して宿泊先ホテルの階段から転落し、意識不明となったことから、労災の申請を行ったところ、労災に該当しないとの処分がなされたことから、処分の取り消しを求めて認められた事案です。
被害者本人は意識不明のため、配偶者が成年後見人となり、当事務所が後見監督人として関与しました。
出張先での飲酒に伴う事故が労災に該当するかについては事例が少なく、貴重な先例であると思われますのでご家族の同意を得て理由中の重要な部分を公開することとします。
【経過】
被災者(昭和●年●月●日生、男)は、●●所在の株式会社●●に入社し、その後、同社のグループ会社である株式会社●●(以下「本件会社」という。)(所在地同じ)に在籍出向し、製品開発業務に従事していた。
被災者は、平成25年11月11日から同月22日までの予定で中国●●省●●市(以下「●●市」という。)●●所在の本件会社現地法人●●有限公司(以下「●●ジャパーナ」という。)の業務引き継ぎを目的に中国に出張していた。
被災者は、同月16日午後3時40分ころ(現地時間)、宿泊先である●●市●●所在の●●国際商務酒店(以下「ホテル」という。)の非常階段から転落して8階階段の踊り場で倒れている(以下「本件災害」という。)ところを警備員に発見され、●●市●●所在の●●人民病院に救急搬送され、減圧開頭術を受けた。同年12月27日に日本に帰国、松●所在の社会医療法人●●病院(以下「●●病院」という。)に転医、「外傷性頭蓋内出血、広範性軸索損傷、蔓延性意識障害、側頭骨骨折ほか」と診断され、入院加療している。
被災者は、本件災害は会社の管理下にある出張先ホテルで発生したものであるとして、監督署長に対し療養補償給付を請求したが、監督署長は、本件災害は業務上の事由によるものとは認められないとして、これを支給しない旨の処分をした。
被災者自身が意識不明の状態であるため、被災者の妻で成年後見人である請求人が、この処分を不服として、本件審査請求に及んだものである。
【判断の要件】
労災保険は、労災保険法第7条第1項において、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害又は死亡(以下「傷病等」という。)に対して必要な保険給付を行うものと規定しており、業務上の事由による傷病等は、業務起因性を要件とし、その第一次的判断基準としている業務遂行性を要し、業務遂行性の判断については別紙(※略)のとおりである。
【結論】
ア 労災保険において、出張中は、その用務の成否や遂行方法などについて包括的に事業主に責任を負っている以上、特別の事情がない限り、一応出張過程の全般について事業者の支配下にあるといってよく、出張中の個々の行為については、積極的な私用・私的行為・恣意行為等にわたるものを除き、それ以外は一般に出張に当然又は通常伴う行為とみて、業務遂行性を認めるとしている。
また、出張先宿泊施設内部において通常の宿泊中行為中(ママ)の事故は、恣意的行為や私的行為によって積極的に自ら招いた災害を除き、業務起因性を認めるとしている。
イ 被災者は、業務引継ぎ等のため、平成25年11月11日~同月22日までの期間で●●市及び●●市に出張し、●●市のホテルには同月11日~同月20日までの宿泊予定であった。
ウ 被災者は、同月15日に業務を終えたのち、●●市の現地法人に出向中の社員らと翌16日午前0時ころ(現地時間)まで飲食し、午前0時30分ころ(現地時間)にホテルの部屋に戻ったが、ホテルを含む一帯が停電した時間(午前3時~午後3時半(現地時間))後の午後3時40分ころ(現地時間)に、非常階段踊り場で倒れているのを警備員に発見されている。
被災者がどのような理由により、自室を出て、非常階段にいるときに被災したものか、その理由は明らかではないが、現地警察の見解から事件性は認められず、被災者が何らかの恣意的行為や私的行為に及んでいたことを示す証拠はない。また、請求に及び会社関係者からの供述により、異常な行動を伴うほどの泥酔状態にあったとは考えられないことからその時の何らかの事情による必要があって行動したと考えるのが適当であり、停電に伴う対応の必要があったと考えることも相当の理由があると推察できる。
エ 以上のことから、本件災害については、業務遂行性を認めるのが相当であり、積極的な私用・私的行為、恣意行為が認められない以上、業務起因性を否定すべき事実はないというべきであり、業務上の事由による災害と認められる。
したがって、監督署長が被災者に対し、平成26年6月23日付でおこなった療養補償給付を支給しないとする旨の処分は失当であって、これは取り消さなければならない。
よって主文のとおり決定する。
★コメント
本件は出張先でかなり深酒をして、宿泊先ホテルの停電中に非常階段から転落したという事案です。
原処分では、被災者が負傷前に同僚等との会食により泥酔している状況が認められること、被災者は同じホテルに4泊しており、停電時にも非常灯はついていたこと、トイレは自室に完備されていたことにより、夜中にホテルの自室から出る積極的理由が判然としないため、私的行為の中で負傷したことになり、業務遂行性が認められないとして、療養補償給付の支給は認められませんでした。
ですが、出張中は事業主から命令された特定の要務を果たして戻ってくるまでの一連の経過を含んでいます。
したがって出張中は包括的に事業主に責任があり、積極的な私的行為などがない限りは、出張過程全般について事業主の支配下にあります。
原処分は被災者の行動の理由が明らかでないとしながら、それを私的行為であると認定している点で判断の誤りがあると言えます。
被災者には妻と大学生・高校生の子どもたちがおり、被災者の収入が断たれたことでご家族は大変な苦境に陥りました。
幸いにも原処分が取り消され、労災給付が受けられるようになったことで、ご家族はずいぶん救われたことと思います。
私としても良い結果が得られたことで本当にほっとしました。
2015/01/30
※コンテンツ内で事例をご紹介する場合、作成当時の法律に基づきますので最新の判例と異なる可能性があります
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