退職した元従業員に取引先を奪われたので損害賠償を請求したい,というご相談がありました。
従業員は,勤務先に対して競業避止義務(同種の事業を営まない義務)を負っています。
では,退職後はどうなのでしょうか。
まず原則論として,退職した従業員は憲法で保障されている「職業選択の自由」を持っています。
つまり,どんな仕事をしようが基本的には自由であるというわけです。
従って競業避止義務は負いません。
では就業規則などで「退職後も競業避止義務を負う」と定められている場合はどうでしょうか。
従業員は勤務期間中は給料をもらっていますが,退職後は給料をもらうわけでもないのに競業避止義務だけ負わなければならないとすれば,会社だけが得をすることになり不公平です。
このため就業規則等に「退職後も競業避止義務を負う」という定めがあっても,それが次のような事情を検討して不公平でない場合にだけ有効とされることになっています。
①競業が禁止される期間が長いか短いか。
②禁止される対象従業員の範囲が営業秘密にかかわる者などだけに限定されているかどうか。
③競業避止義務を課す代わりに手当の支払などの代償措置があるかどうか。
④競業に当たるとされる職種や地域が限定されているかどうか。
⑤競業に当たるとされる行為が限定されているかどうか。
一方,就業規則等に何も定めがなければ,原則通り競業避止義務は負いません。
ただし,最高裁の判例(H22.3.25)によると,「元従業員の競業行為が,社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で元雇用者の顧客を奪取したとみられるような場合には,その行為は元雇用者に対する不法行為に当たるというべきである」とされています。
つまり,就業規則などに定めがなければ競業避止義務という契約上の義務は負いませんが,単に勤務中に知り得た情報ではなく,営業秘密を持ち出して利用したり,元勤務先の信用をおとしめるなどの不当な方法で営業活動を行うなど,社会的相当性を逸脱した行為がある場合には,不法行為に該当する可能性があるということです。
もっとも,退職した従業員には憲法で保障された職業選択の自由があることからすると,不法行為に該当するケースは非常に限定されると考えてよいでしょう。
上記最高裁の事例では,営業担当だった従業員が退職前に大口取引先に退職の挨拶に行き,同業他社を設立するので今後取引してほしいと頼み,退職後,会社には内緒で同業他社を設立してその取引先との取引を開始し,その結果,その取引先から元の会社への受注額は従前の5分の1程度に激減したという事案でしたが,不法行為の成立は否定されています。
2012/08/21
※コンテンツ内で事例をご紹介する場合、作成当時の法律に基づきますので最新の判例と異なる可能性があります
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