A子は34歳の主婦である。夫とはOLだったころ友人の紹介で知り合い,5年前に結婚した。
夫はあまり名は知られていないが堅実な会社に勤めており,年収は手取りで350万円。
結婚の翌年には長男が生まれ,昨年二男も出産した。
結婚後は賃貸マンションで生活していたが,長男の足音が気になるようになり,二人目を妊娠したのを機に自宅を購入した。
土地は夫の両親が買ってくれ,A子も結婚前に貯めた200万円を出して,残りは35年の住宅ローンを組んだ。
夫とはそれまでも些細なことでけんかしていたが自宅を購入するころからそれがひどくなった。
「あのさあ,俺ほんと会社で疲れてんだよ。家ではのんびりさせてくれよ」
「私だって休みたいわよ。でも主婦には24時間365日休みなんてないのよ。あなたは土日,私に子どもを押し付けて自由にしてるけど,私には自分の時間なんて全然ないんだから」
「子ども幼稚園に行かせてママ友と優雅にランチしてるじゃん。俺の金で。」
「いつの話よ?!0歳児抱えてどうやって優雅にランチなんかできるっていうの?!だいたい住宅ローン払ったらほんとに余裕ないんだから。子どもの教育資金だって貯めなきゃいけないのよ」
「おまえ,金,金って最近うるさい。おまえ俺の給料日に『ありがとう』って言ったことないだろ。金がないのはお前が無駄遣いばっかりしてるからだろうが」
「どこが無駄遣いしてるっていうのよ!」
「じゃあ家計簿出してみろ!家計簿も付けられないくせに専業主婦が務まるか!おれは子どもの世話だって手伝ってやってるのに」
「なによ!子どもにDVD見させて自分はゴロゴロしてるだけじゃない。たまには公園くらい連れてったらどうなの?!」
口論のあと,夫はいつも黙ってなにも言わなくなる。
この日も夫は黙ったまま風呂に入った。風呂場の壁を夫が激しく叩く音が聞こえる。
家を買えば,また夫婦で頑張ろうって気持ちになると思ってたのに・・・。
A子は重苦しい気持ちでソファーに横になった。洗濯物が散らかってるけど片づける気力がない。涙が出てきて止まらない。
そのときどこからか微かにバイブレーションの音がした。そういえば夫はいつも携帯電話をその辺に置いているのに最近見かけない・・・?
音を頼りに探してみると,夫の携帯電話はなんと靴箱の中にある夫の靴の中に隠してあった。
A子が携帯を見ようとすると,ロックがかかっている。
「何してるんだよ!」
振り返るといつのまにか風呂を出た夫が鬼のような形相で立っており,A子の手首を激しくつかむと,携帯電話を奪った。
A子の手首には夫の指の跡がはっきり残っている。
「何してるって,それはこっちの言うことよ!」
逆上するA子を押しのけ,夫はそのまま家を出て行った。
えっこれって私のこと?!
と思った方,あなたのケースはそれほど珍しいケースではありません。
私が処理した特定の事件についてお話ししたわけではありません。
最近,「産後クライシス」という言葉が話題になっています。
出産後夫婦の関係が急速に冷え込むことを指すそうです。
妻は初めての出産・子育てで余裕がなく,育児とはこうあるべきではないかという理想と引き比べて現実の家庭の状況に不安を抱き,不安に共感してくれない夫に対して不満や恨みを募らせます。しかもこの恨みは子どもが大きくなっても消えないのが特徴です。
私は昨年97件の離婚相談をお受けしましたが,実際に3歳以下のお子さんがいるケースの割合は非常に高いです。
ご相談を受ける中で感じるのは,女性は出産を経て生理的に母親になりますが,男性は子育てを通じて父親へと成長していくため,夫婦の間にタイムラグを生じるということです。このラグを乗り越えられず,産後クライシスがそのまま離婚につながっていくのではないかと感じます。
さらに私は,「産後クライシス」に加えて「住宅ローンクライシス」を挙げたいと思います。
お子さんが生まれると一軒家が欲しくなるものですが,産後クライシスの最中に経済的にも負担を抱えるのは,世帯年収に十分な余力がなければ非常に危ない。
妻は家計が苦しいと夫に不平を言い,夫は自分の収入にケチをつけられたと怒り出します。
女性は不満を口にすることでストレスを解消できるので不満を言っているだけなのですが,男性は不満に対する解決方法を求められていると思い,収入を増やせという理不尽な要求を受けたと感じるようです。
また妻が家計を管理している場合,夫は,数字上では家計が苦しくなっていると分かっていながら実感がなく,安易にそれまでと同じ生活を続けようとするため,やりくりに苦労している妻は理解のない夫に対し不満を通り超えて憎悪を抱くというパターンも見受けられます。
こうなると夫は家にいても面白くなく,出会い系サイトなどに手を出し,そのまま離婚の最終コーナーを回ってしまう・・・というお決まりのパターンです。
住宅ローンクライシスは離婚の決定打になりやすいという意味でも危険ですが,さらに離婚協議が難しくなるという点でも危険です。
離婚に伴う財産分与では,夫婦が婚姻期間中に協力して築いた財産を公平に分配することになりますが,住宅ローン付きの自宅はどのように評価されるのでしょうか。
この点,自宅の土地建物はプラスの財産として評価され,住宅ローンはマイナスの財産として評価されることになります。
ところが日本では中古住宅の評価額が非常に低いため,建てたばかりの住宅でも評価額は建築費用に達しません。このため購入から数年の住宅はマイナスの財産として評価され,財産分与の対象にならないのが一般的です。
また妻が自分の個人的な資産(特有財産)を建築資金として支出していた場合,それをどう清算するかも悩ましい問題です。
妻側では,妻が出した分を返してもらい,家を夫に譲るという解決方法を希望する方がほとんどですが,住宅ローンを抱える夫には現実に支払能力がないのが通常です。自宅を売って現金で清算しようにも,住宅ローンの残額が多すぎ,売ることができません。
そうなると,解決策を見出すのに非常に苦労します。
子どもが生まれることで,夫婦の関係は変化します。
これからの長い人生を仲良く暮らしていくために,新しい夫婦関係をしっかりと作り上げなければなりません。
それは夫婦双方にとって非常に強いストレスのかかる経験ですが,ご夫婦にとって自宅を取得される以上に重要であることは言うまでもありません。
賃貸物件で子どもを育てるのは何かと気苦労の多いものですが,子どもを挟んだ夫婦関係が築きあがるまで,自宅の購入は待つというのも一考に値するのではないでしょうか。
2014/04/02
※コンテンツ内で事例をご紹介する場合、作成当時の法律に基づきますので最新の判例と異なる可能性があります
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